Peaceful Days
学力テストで何がわかりますか?
- [掲示日:2009.08.31]
- 都道府県別学力テストのランキング結果を見て、有名進学校出身で国家資格を有する知事が吠えていた。「誰が責任をとるのか」と連呼していた。
確かに社会で生きていくのに基礎学力は必要だ。買い物をするときに加減乗除の計算を使う。バーゲンのときは割合の計算が役に立つ。英語ができなくてもいい、大きな買い物をするときの契約や保険の契約などの際には日本語を正しく理解できればことは進む。
その知事の言う「責任」とは何のことなのか?
あたかも、ペーパーテストの結果が人の人生を決定づけるかのようなニュアンスに聞こえた。ペーパーテストの結果が悪いと、将来が悲観的であるかのように聞こえた。
人の価値とは、人の成功とは、いつどの段階で誰が決めるのか?そういう人に対する評価価値基準が一元的に存在するのか。
子どもの将来への道は幾通りもあり、岐路に立ったときに自分で選択していけるように導いてやるのも大事な教育の使命だと思う。しかしその知事はペーパーテストで計れる学力の結果を優先するようだ。
たとえば悪質商法にだまされないためには、物事を見極める判断力や自己防衛能力が必要だ。職場で自分の仕事の価値を高めるにはプレゼンテーション能力が必要だ。社会では10説明されて10理解する人より、6.7.8を聞いて10まで類推しながら動ける人が重宝される。
こういう能力は学力テストでは計れない。
結局、人に対する評価価値基準はなんなのか、ということだ。
学力テストの結果が良いにこしたことはない。でもその結果が良くないことに怒る必要もない。もっと総合的に見れないのか?勉強についていけない子どもの気持ちを理解することができないんだろうな、きっと。
人の良さはいろいろあるのに。